昭和四十七年七月八日 朝の御理解


x御理解第七十一節
「ここへは信心の稽古をしに来るのである。よく稽古をして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心の稽古をしておけ。」


 この御理解を頂きます時に思うことは、信心とゆうものは、もう本当に信心にかかってさせて頂いてもよいとゆう程しのもの。信心にかかっとってもよい。まあ言うなら、こうしてお参りとゆう事は、私共が、もう言うなら五体の続く限り、もう日課として当たり前の事として教会へ通い信心の稽古をさせて頂く、とゆう程しの値打ちのあるものだとゆう事、信心とゆものは。そうゆうような風にここでは感じます。
 何かこう一寸読んだ感じではね、忙しかったら参られんから、家に病人があったら置いて来る訳にいかんから、とゆう風におっしゃっておられますがね、何か本当に楽な時々信心の稽古すりゃいいような感じがしますけれども、そうじゃない。まめな時ここへ参って信心の稽古をしておけとおっしゃるのですから、実は私共まめな時が多いのですからねえ。年を取っておっても元気であるならば、例えて申しますなら皆さんの場合も、そうである。もう言うなら、かかって信心の稽古をなさっておられるんですよ、皆さんは。もう朝参りをされ、昼の信行には、又通うてみえるとゆう方は、言うなら合楽で重立った方達の場合なんかは、どんなに考えても、もうかかって信心しよんなさると言うてもいいです。しかも五体の続く限り、それはね、そんなら熊谷さんあたりのように、もう七十幾つになられてから、もうそれが有難う楽しゅう、もう兎に角お参りをしなければ馬鹿らしかとゆう位な気持ちで、もう吉井辺りから日に三回も参ってみえるんですから。
 私はね、金光様の御信心は、それだけの事をする価値のある宗教だと思うですね。だからその価値が分かりませんとね、値打ちが分かりませんと、おかげを頂くまではお参りするとか、都合のよか時だけ参るとゆう事になるのです。だからお道の信心を身に付けていけばいく程、限りなく付けていけれることになっているのです。一番初めにも、ここには信心の稽古に来る所とおっしゃる。最後には、まめな時ここへ参って信心の稽古をしておけと結んであります。もう稽古から稽古で終わっておるでしょうが。
 ですから言うなら大変厳しい事、けれどもその厳しいとゆう事、例えば私共の一生とゆうものがね、そうゆう価値のあるものを、いよいよ限りなく身に付けていけれる事の為に、言うならあの世にも持ってゆけこの世にも残しておけれるとゆう程しのものを頂くのですから、百よりも千も万も頂いたがよかとゆう事になるのですから、信心をさせてもらわなければならない事になるのです。
 又それだけの打込みをして価値ある宗教なんですよ。そこでそんならこうして朝参り夜参りさせて頂いて、おかげを頂いております。そんならお互いが信心の稽古とゆうものをです、果たしてどのようなところに焦点を置いて、どのようにして日常生活の中に信心の稽古をしておるか。いやもう生活そのものが大体は信心なんだ。どうゆう信心生活をしておるかとゆう事になるのです。ここんところがはっきり出来るようになりませんとです、所謂いかに価値ある宗教であっても大したことはないです。所謂稽古をしなければ。ただ参っとります、拝んどりますとゆうだけでは大した稽古にはならんです。お話を頂いて、それを稽古のよすがともさせてもらい、しかも焦点はいつもここの所においてあるとゆうようにですねえ。
 私、今日御祈念中に、昨日も大臣の名前を頂きましたが、今日も頂く事が、福田さんと大平さんを頂いた。だから結局七十一節の、所謂稽古から稽古に終わるとゆう信心に於いてです、そんなら福田さん大平さんとゆうところがね、焦点にならなければならない。福田とゆうのは、私は素晴らしいよい田と頂きます。言うなら肥沃の土地とでも申しましょうか、大平とゆうのは、私は大きく平たいと書いておりますから。そうゆう福田とゆうような素晴らしい喜びの種をまけば喜びの芽がすぐ生えて花が咲いて実が実るとゆう程しのおかげの受けものとゆうものが段々出来てくる。それにはどこまでも大きく平たいとゆう信心をさせてもらわなければいけんのです。いつでも私共の心がね、平生でおれれるとゆうようなおかげを頂くとゆう事でなからにゃいかん。言うならば一切の事が合掌して受けられるとゆう信心にならなければならない。そこんところを目指してゆけ
 一切の事が拝まれる、一切の人が拝まれる、物が拝まれる、事柄が拝まれる。そこを焦点としていくならば必ず福田のおかげが受けられる。一切が合掌して受けてゆけれる。だから私共の日々の生活の中にです、本当に一日のうちに、あの事やらこの事やら色々様々あるのだけれども、その中に不平を言うたり不足を言うたり困った事だと思うたり、そのような事がやはりある訳なんです。
 段々信心をして肉眼を置いて心眼を開けと仰せられますから、段々信心の稽古をさせて頂いておりますと、心の目が開けてくる。心の目が開けてくると、そこはもう一目瞭然、皆が神愛として受けられるんだけれども、まだお互いの場合肉眼でそれを見とりますから、それは困った事だ、腹の立つ事だ、情けない事だ、悲しい事だとゆうふうにしか見えないのです。けれどもその困った事だ、苦しい事だ、悲しい事だとゆう事をです、そんならどうゆう風に分からせて頂いたら、これを合掌して受けられるかとゆう事を、何時も焦点に置かなければならない。それは出来なくても、やはり焦点をそこに置かなければならない。人に、例えばえげつのう悪う言われた、悪口を言われた。腹が立って立って、もう腹がたぎるごとあったと、例えばゆうような場合であっても、もうそれこそ腹がよじれるごとある。けれどもそうゆう時こそ、それが合掌して受けられたら無限大のおかげが受けられる元が出来るんだと。だからそれを有り難く合掌して受けなければね、だから本当に馬鹿らしいとゆう事になる。そうゆう無限大のおかげの頂かれる、言わば場をそこに作っておって下さるんだけれども、私共は只それを悲しい場にしたり、腹の立つ場にしたり、しただけでは。だから焦点がね、信心の稽古から稽古に終わるとゆうのが、この七十一節なんだけれども、そうゆう風に、例えばこれをいかに有り難く受けるかとゆう、どげん考えてもこれだけ有り難く受けられんと言わずにです、受けられんだろうけれども、受けていく稽古をしなければいけないとゆう事。それが大平、大きく平たく平生の事のようにして受けてゆけれる。
 今頃から頂いとりますように信心して変ったことが起きてきたら有り難いと心得て信心せよとおっしゃるでしょうが、信心しておりますよ、ここにおる人達は。だから信心しとって起きてきた事はみんなおかげなんです。しかも変った事が起きてきたら有り難いと心得て、と。信心する者は、これから先どのような事が起きても驚いてはならぬと、夜夜中いつどのような事が起こらんとも限らん。そうゆう時でもです、驚くかんで済むとゆう信心を目指させてもらい、そうゆう稽古をさせてもらう。体験に体験を積んでゆくと、それが段々身に付いてくる。そのうち肉眼を置いて心眼を開けとおっしゃる心の目も開けてくる。どんなに例えば人に悪口を言われてもです、その人が言うたと思うから腹が立つ。それを言うならば、神様の声として頂くように心がけさせて頂いたら、本当思や思う程お礼を申し上げねばならない事ばっかり。初めて合掌して受けられた事になる。そうゆう信心が繰り返されて、それがしかもすっきりとして頂ける稽古なのですから、もうまずまず一生かかっても、まだまだよございません。生神金光大神の心持ちとゆうのは、どうゆう心持ちかと言うと、いつどんな場合であっても有り難い有り難いとゆう心が出る事だと、丸い手毬のようなものに喜びをいっぱい書いたようなものであって、どちらへ転がしても有り難い有り難い喜びいっぱいなのだ。そうゆう心を目指すんですから、言うなら総生神を目指すとゆう事になる。そんならそうゆう生神様にならなければ、おかげを受けられんかとゆうのではなくてです、もうどんなにぎこちなくてもいいから焦点を何時もそこにおいてです、それに検討しながら、それをいかにこれを有り難く受けるかとゆう事をです、受けていく信心を、わが心が神に向うたとゆう事になるのです。只拝みよるから心が神様に向うたとゆう事じゃない。どうゆうような場合であっても、これをいかに有り難く頂くかと、こうゆう苦しい事をこうゆう腹の立つ事を、こうゆう悲しい事を有り難く受けようなんて受けられるはずはないですよと言うてしまわずにです、それは肉眼を置いて心眼を開けていないから、肉眼で見ておるからそうであって心の眼をもってするならばお礼を申し上げねばならない事だと教えて頂くのだから、それをいかに有り難く受けさせて頂くか。受けられなくてもいいから、受けさせて頂くかとゆう事を焦点にして信心の稽古をゆうのは、そうゆう事だと私は思う。
 それがどうしてもですね、やはり稽古をしなければいけんのです。出来ても出来んでも、今日も腹の立つ事に一日取り組みました。いかにこれを有り難く頂こうかと思いました。あの人が夜叉のような顔をして言うた時には、それこそ煮え繰り返るごとして腹が立ちました。取り組みました、けれども一日どうも治まりませんでした。と、これは自分の信心のまだまだ未熟である証拠であるとゆう事をです、やはり思うてお詫びをさせてもろうたり、又その事を願うて、又それを明日に持ち込してもいいのです、そうゆう稽古なんです。それが神様へ向けた時なんです。わが心が神に向いた時なんです。只御神前に座っとる時だけが向いとる時じゃない。ただおがけ下さい下さいと言うて願いよる時には、それは神様に向いとるじゃない。
 福田のおかげを頂く為に、どうしても私共が太平の心、この事をいかに有り難く頂くか、有り難く頂けた時が太平なんです。そうゆう信心を、心の上に頂いていくのですから、心が肥えないはずがない。心が豊かにならんはずがない。福田にならないはずがない。しかもそれは限りなくとゆうのですから。
 もうひとつ。金光様の御信心が、教祖金光大神によって金光教とゆう道が開けたとゆう事は、これは大変な事なんです。とゆうのはどうゆう事かと言うとね、もう地球上に生存する人間氏子が全部、真の幸福になってくれとゆう願いなんですから。あの立神伝とゆうのは後に人がつけたんですよねえ。所謂神伝なんです。この神伝が教祖金光大神に下ったとゆう事。この幣切り境に肥灰差し止めると、世の中に難儀な氏子がいっぱいおるから、その難儀な氏子を取次助けてやってくれ、とゆうのです。
 ですから只今、私が申しましたように大平福田といったようなところに、人間の全部がそこに焦点を置いて信心の稽古を、もう世界総人類の者がです、難しい事もいらん、そげな不思議な事にあわなければ信心が生まれないとか、それから哲学をする人のように考え抜かなければ信心が出来ないとゆう事じゃない。それこそ頭が良かろうが悪かろうが、器量が良かろうが悪かろうが、皆が幸せになれるとゆう実に単純な道なんです、金光教は。
 そんなら天地金乃神様もですね、もう教祖金光大神に、その事をかけられたんです。所謂哲学的な鋭い頭を持っておらなければ幸せにはなれん、とか、例えば共産党なんかでは、もういよいよ頭が良うなからにゃ本当の成功は出来ないとか幸せにはなれないような感じがするんですよねえ、私共よう分からないけど。そんなこつじゃない、もうそれこそ言うなら馬鹿でもちょいでもよいと言うて、あの人は頭がいいから幸せになれんとゆう事もない、頭が良うても悪うても器量が良うても悪うても皆が、それこそ限りなくもう誰かがおかげどんどん頂きござるからおかげが少なくなってから、そげん皆は頂かれまいとゆう事は絶対ないのです。もう世界中の人間が全部その気になったら全部が頂けれる天地金乃神様の願いはそれなんです。それを教祖金光大神に御神伝があった、それを私共は立教神伝と、こう言う。
 世の中の難儀な氏子に、所謂神は平等におかげを授けるのです。その平等に授けてある、その平等のおかげをです、私共心次第で限りなく受けてゆけれるとゆうのが、今日の大平福田なんです。大変な事なんですよね、ですから。だから一辺本当に宗教の革命がなされてです、もうそげん手間んいったり頭を使わなければならない宗教は一辺おいてしもうてです、特別の霊能者がおらな立たんごたる宗教は一辺おいてです、もうそれこそ馬鹿でもちょいでも私が今日申しますようなことろへ焦点を置いて信心の稽古を、しかもその信心の稽古とゆうのが、只何か貰うため参ろうなんてんもんじゃなくて、現在合楽で稽古をしておられる皆さんのような信心になったらとゆう事です。だから信心とゆうものは、もう稽古に始まって稽古に終わる。そんならここ迄稽古が出来なければ、おかげ頂けんとゆうのではなくて、私共が大平福田とゆうところに焦点を置いて、日常生活が出来るかぎりです、もう心は、わが心は神様に向うたのであるから、神様が又こちらへ私共に心を向けて下さらないはずがないのです。
 教祖金光大神、所謂川手文治郎とゆう一農民、一お百姓さんにです、段々と信心の位と申しましょうかねぇ、神格、御信心をされるに従って心持ちが変ってこられた。心境が段々変ってきた。川手文治郎とゆう人の心が段々有難い事になってきた。そしてです、どんなに試しても試しても、もうお前ばかりは試しようがないとゆう程しに心境が進まれた。どのような場合であっても川手文治郎の心の中から出てくるものは有難いとゆうものしかなかった。そこに初めてです、もうお前には試しようがない、と、天地金乃神様は川手文治郎にそう言うておられる。そして神格も生神金光大神と、御神格を与えられた。そしてお前のような生き方の者、無学の百姓でも出来るんだとゆう事。大学を出ておらなければならんとか、器量がようなからねばならんとかゆうのではない。只そこひとつに焦点を置いて信心の稽古をさせてくださるなら、人間氏子皆が助かってゆけれる幸せになれるとゆうのが金光教であり、その金光教が生まれたとゆう事は、世界中の人間一人一人にそこんところを徹底していかなければならないとゆう程しに大変な事だった訳ですね、この神伝が下がった時に。
 もうそれこそ何千年何億年も前からです、そうゆう神の願いとゆうものは、いよいよ募っていったでしょうけれども、それをそんなら表せれる人物がなかった。言うならば全ての事を有難い有難いで受けれる程しの人物がなかった。
 宗教とゆう人が助からなければならないのに戦争が起こるなんておかしいじゃないですか。所謂宗教戦争、そうゆう言わば宗教ではなくて、それこそ最近合楽で言われる、それこそ黙って治められる道なんだ。しかもその黙って治める事の、例えばおかげとゆうのは、もう限りがないもの。もうこれ程行き届いたおかげはあるまいとゆう程しのおかげになってくるのです。しかも、そうゆう教祖金光大神にお伝えがあった、そのお伝えの最後のところの願いとゆうのは、そこに人間氏子が助かってくれるとゆう事によって、初めて神も助かる事が出来るんだと、もう自分の心の中を吐露しておられる訳です。今迄の信心は、神は一段高い所におられるような感じであった。ところが氏子あっての神、神あっての氏子と、もう人間氏子が助かって下さらなければ神もないと、神の幸せはないと神も助からないと。氏子繁盛致し、末々親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行くとゆう道が開かれるとゆう事が金光教の言うならば、教祖、言うなら川手文治郎に天地金乃神が願いをかけられたのは、そこにあった。だからその願いを受けて、私共が信心の稽古をしなければならないとゆう事が分かります。しかもその内容は大平である。その神の願いを受けて私が助かるとゆう事は、神様が助かられる事に直結しておらなければならない。商売の繁盛を願わせて頂いたら、繁盛させて頂いたら、神様も又繁盛しておらなければ、それは本当の神の願いに応えた事にならない。神のおかげで健康のおかげを頂いたなら、その健康をもって御神願成就の為に奉仕するとゆう事にならなければ、只あん時頼んでから病気が治ったとゆうだけのおかげではいけないとゆう事を、私共が知っておかなければいけません。
 私が助かるとゆう事は、天地金乃神も助かって下さるんだとゆう事、今日は大変な事になったんですよ。福田大平さんとゆう名前からね、所謂七十一節の稽古から始まって稽古に終わる、これが金光教。何故か、と、とてもとてもあの世にも持ってゆけ、この世にも残しておけるとゆう程しの大変な事を頂かして頂くのだもの。しかもこれが世界中の人間の一人一人にです、これを分かってもらわしてもらう。言わば教祖金光大神だけでなく、私共信奉者の一人一人が、そこに責任を感じて信心の稽古をさせて頂かねばならん。天地金乃神の願いはそこにあったんだから。そこで言葉烈しく言うと、宗教革命がなされなければならない。その宗教革命と言うても強引とか又は戦争とかいった事ではなくて、それこそ黙って治めながら宗教革命に志さなければならないとゆう事。それにはまず自分自身が助からなければならない。それには全て一切の事柄、一切のものが合掌して受けられる程しの私共を目指させて頂くとゆう事が大平であり、これなら福田の受けものが段々出来てくるとゆう事をです、思わして頂く。
 そこでひとつ皆さん今日はね、そのような信心をお互いがさせて頂いておるのですから、させて頂いておるだけではいけません。今日私が申しましたようなところに稽古の焦点が果たして置かれておるかどうかとゆう事なんです。金光様の信心しよったっちゃこげな事が起こった、とゆうような事がやはり起こるけれども、それをいかに有難く受けさせて頂くかとゆう事。それが段々受けられるんですけれども稽古未熟の時には受けられません。肉眼だけで見ると、それは受けられません。そこんところをやはり稽古させてもらう。そうゆう姿勢をいつもとっておかなければいけないとゆう事。
 病人やらがあったら、それを捨ててお参りして来るわけにはいかん。日傭取りやら内に病人があったりしたらと、こうおっしゃっておられる。今日は秋永先生が五島の方へ行ってます。だから、そうゆう例えばこれは商売上で行く訳ですけれども、そうゆう事をおいてでもさっち参って来んならんとゆう事じゃないとゆう事。けれどんそんなら壮健な時には、何もない時には参って来なければならない。参ってこなければならないのじゃない、参らなければおれない信心を身に付けておけよとゆう事なんです。しかも、その、これあ一生参らにゃならんたいなんてん思わずに参らにゃおられん程しの信心を身に付けて置かなければならない事になります。それが稽古です。どうぞ。